2010-01-01から1年間の記事一覧

逝きしMへ捧ぐ六首

メール終へ震へてゐたる指先のその先にある死のやうなもの 礼を欠くそんな気がして風の日にマフラー巻かず会ひに行きたり 改札を抜ければもはやモノクロの映画の中に入り行くやう 肺水腫なぜその川を渡つたかベッドの上の溺死といふや 目のまへの死をいかん…

十八首

ひとつしか星見あたらずかりそめの命乞ふごと祈りをりたり 晩秋になにを惜しめり往くものは去るにはあらず鶏頭の紅 誰そ彼の墓苑のごとき高層の窓辺に人は喪服で立てり 手品師の鳩になりたき日々のあり風切り羽のなき日でありき 柿ひとつ卓のま中にゆふばえ…

連作 雨に祈る

空からの言葉はおもくうつむけば雨の降りだし傘をひらかな 雨の日をいかに過ごさむ音楽も開いた本も濡れてゆきたり 安定剤われを鎮めり何丁目何番地かに棲みたるツグミ 背中をおす何ものかゐる神無月かほりにむせて冬にはいりぬ 背中:せな あるものはあるべ…

二十一首

虫の音は言ひわけのごとかそけきに明日のため書く日記を持たず 諾々と認めたる嘘うつむけばこんなに重いものか頭は 頭:かうべ 堕ちてくる鳥をおもへば蒼穹は死にゆくまでのあをの高みぞ さびしきは鳥を飼ふひと口真似をまた口真似て布をかぶせり 秋の日とふ…

十八首

ああ空を埋め尽くしたるさるすべり風の吹くまで百日すこし 夕ぐれのあはいからふるひぐらしの声のむかうに闇は満ちをり 満ちたればいつせいに止みひぐらしの明日までのこる声のわづかに 遠い日の思ひ引きよす歌声をリプレイしをる機器のあたらし ながながと…

「月鞠」八号 どろの舟 十首

人波に逆らひ歩く夕まぐれ落ちゆくまでの止まり木ひとつ 漕ぎだすは標なき海どろ舟のどろの櫂もてどろの舵とれ 酩酊のわが足取りはつひぞ消え行方不明の夜となりたり 誘蛾灯指名手配のわれなればここにゐるよと火だるまでをり 甘えてはうらみつらみの懐手夜…

「月鞠」七号 甘夏 十首

棟を去りびしよびしよと食む甘夏の指すくよかに祝祭となる 病棟は山あひふかく薄暮にはアケビの裂ける音のひびけり いづくにか霊安室のあると聞くこころあつかふ棟の中にも 亡霊の足あとばかりそこかしこ月さえざえと廊下を濡らし 深夜聴くラジオの調べに全…

十一首

青空に雲ひとつなき嘘くささイエスよりブッダの濁点おもふ もたれあひ二人でたふる日のありし群れ咲く花にそれぞれの夏 死んだ蝉ころがるばかりパラソルにぽとりぽとりと通り雨ふる 仰向けにころがる蝉の腹の洞かげりゆく陽になにをうしなふ 夜の蝉ジジと鳴…

二十二首

半夏生蛸の切り身のぐつたりとくちなし落とす雨の音する きみ待ちし夕べもありきだまし舟ふたりを乗せて天の川ゆく 世界には名前のあふれさらされて白日われの影はひた濃き 森羅万象命名されし業おもふ目のまへをゆくマイマイカブリ 名づけ得ぬ不安のありて…

十九首 水の歌

酒を断ち遁走のはて水無月のあぢさゐ頬をあはく染めをり 行く末を案じて見やるゆふぐれは喉もとすぎて明日もゆふぐれ 呆然と立ちつくしたり過去といふ津波がわれを包囲してをる ああ逃亡者は独酌なりき水無月の濡れるあぢさゐただ笑まひをり あふるほど水を…

二十四首

杳杳と春の香の満ちただひとり青信号を渡らずにをり 手のひらを合わせるほどにうちとけて何もわたせぬ手のひらである われは杞の民であらねど夕暮れに空の墜ちくるサイレンを聞く 風つよく逆流性食道炎われはいつぽんのたて笛ならむ ハンガーにだらりと眠る…

題詠「深海」

なたね梅雨たれを恨まう深海に本と落ちゆく未明なりけり 疲れ果てベッドによこたふ零時すぎ柩のごとき深海にあり 深海へ降り積む雪を想ひをりいづれはわれも帰らむひとり

三十二首

遠ざかる花ひとひらを見送りしわれも運べよかたへの風よ 柩へとなだれ込むごと咲くさくら明日を知る術もたぬわれらに つれづれになしをへしことはらはらとさくらのごとくよごれゆきたり この道を選びしわれの仕方なさ小脇にかかへ春を曲がりぬ 散文を嫌ひし…

二十二首

面影よ風のこずゑの指ししめす月はふとりて胸ひらく女 女:ひと 満ちるもの内から外へわれを超へ口惜しければびしよ濡れとなる 夢みるはこれが最後と言ひし日の片手ににぎるグラスのうつろ 菜の花のひとつ灯ればあたたかき調べとなりぬ冬の讃美歌 沈丁花むせ…

二十首

訊ふやうに雨ふりしきるけふひと日黙秘でこたふわれの告解 口惜しき一つひとつを埋葬すオリオン果つる野辺もありなむ きみを二度殺してしまひ情けなし呪われさめる珈琲にがし 水のなき井戸へと下ろす釣る瓶もて旨さうに飲むいつはりつ飲む 共同のニュースの…

十五首

耳もとへ風のささやく初春のここよりくだる玄き階梯 玄き:くろき しまらくは籠れる日々に鳥 一羽まよひ来ぬ さてどうしたものか オブラートにがき薬をつつみつつ冬の陽に透くわれの指さき 尉鶲群れなすをやめさへづればわれの知らざるチベットの風 尉鶲:じ…

夜が明けたら  浅川マキ追悼歌十五首

幕間だらう道化師ひとり現れて訃報をつげる第二幕とは 紅き薔薇咲かせてねむる港町五丁目二番地宛名は知らず 過去からの陽ばかりなじむ朝日楼きしむ階段おにさんこちら 夕暮れの天動説は悲しかり丘より望む同じふるさと 少年は悲しからずや口笛を風に運ばれ…

即詠歌六首

面の皮一枚のみの体温が世界と分かつ冬のわが位置 川に沿ふ道をゆきたるイヌやネコ不安といふはそのやうなもの 一日を始めるために髪あらふその潔癖をわれは疎みぬ きみに寄すためらひつつの言の葉を繁れる森は受け入れずあり 街が凪ぐ夕日を浴びて整然とな…

娘の帰省

風つよくむすめは背中おされゆく振りかへり「うん」と言ひ残しき ただ別れまた会ひまみえる日の遠くわれは待ちなむ月を仰ぎつ しあはせは遠い空から降ると言ふ突然ながる涙のありぬ 暮れなづむわれの思ひをひと息に飲み干す酒はあらざり モカを 残されしチョ…

二十三首

師走なり骨を鳴らして膝たたき「さあて」と立てば継ぎ目なき空 どうどうと夢の中ゆく牛のゐて賢者の草を反芻しをり 雪虫のひとつふたつと告げにくる母の逝きたる日の近づくを 冬の夜の立たされ坊主はらはらと屑となりたる星の降りしく 遠くまで流れる舟を思…