二十二首
半夏生蛸の切り身のぐつたりとくちなし落とす雨の音する
きみ待ちし夕べもありきだまし舟ふたりを乗せて天の川ゆく
世界には名前のあふれさらされて白日われの影はひた濃き
名づけ得ぬ不安のありて吾子のごと抱きしめをりしたそがれなるよ
センチメンタル旅に出るなら鼻を刺す漂白剤のにほひの夏へ
目薬は鼻をかすめて咽喉を焼く夏をしらせるひまはりの群れ
おはやうで始まる朝の片隅に闇は残れり汗くさきシャツ
うだる午後あきらめきれぬ生活の要と不要の腑分けをしをり
病棟は桟橋につく船のごとイカリをしずめ黙してをりぬ
「最果て」と口 にする夜は何者か抱きにおとづれわれは抱かれり
ざつくりと夕べに裂けしてのひらの運命線ですすぎをる顔
遠景にビルの群れたつテトリスの空から降りてまたたくまに消へ
夕暮れにテトリスあかく染まりゆきわが街いまや燎原のごと
夕暮れが連れてはいかぬ迷ひ子の迷ひつかれて夜の蝉鳴く
車窓には流れゆく町それぞれの帰るべき家といふ不気味
足早にわれを抜きさる人のゐておなじ影もつおなじ炎天
青空にをさまるべきものをさまりて立ちつくしたるひまはりの花
ビル風のつよき日なれば文明の崩壊ちかし帽子おさへぬ
もう二度と戻れぬ日々を脱ぎすてて病のごとく蝉は鳴きをり
その角を曲がれば決まつて雨が降り人目はばからずわれは濡れをる