小夜子その
月光62号(2019/12/31発行)
月光にかすか声ありかたわらを擦り傷のよう過ぎてゆきたり
小夜子その体をさらし月光の通り過ぎゆく四肢の木漏れ日 月光:つきのひ
一月の水のにおいや火星にもそれはありやとつばきが落ちる
小夜子その人差し指を口にあて睦月は黙し生きていかんよ 黙し:もだし
息切らし丘へあがらん落日が命を乞うをときに見るため
小夜子その息切らすまで駆け上がる美しさとは常に立つこと
黴臭き本を開いてまた閉じるたった一枚の写真のために
小夜子その瞳を閉じてアイコンの踊る時代の隠喩となりぬ
物語そこから始まる陽のささぬ書架の奥処のその本の奥
小夜子その永遠なりしグラビアの姿はいつも光と影の
香りがねあなたを誘ういつだって夜にはひらく夢を見たがる
小夜子その小さき夜を開きゆくムスクに惑う指さきの先
皓々と時代がまぶしいかまびすし身をひるがえしやがて消えゆく
小夜子その前髪を切り軽々とマントを纏うひと世でありき
*この連作は2019年02月に発行されたネットプリント「水瓶座短歌アンソロジー」に掲載したものに手を加えました。