2009-01-01から1年間の記事一覧

二十四首

カフェテラス華やかなりて携帯の通信兵は長き足組む 北風の強き日なれば敗走の日々を抱へつ地下へおりゆく ゆふざれば休戦となり白兵をゆるりとおさむわれの喫煙 寒々と人は群れたり霜月の風にそよげるネオン樹の森 冬空へ白くのぼれる溜め息に名前をつけて…

二十首

この耳を彼岸花咲く土に埋め骨の溶けゆく音を聴きなむ 徒に風に服する神無月そよぐものみな思ひをほどき 西日へと目深にかぶる中折れの向かうにゆらぐ花よ供物よ 斎場にいづくより発つ死者たちの雲のたなびき言葉をもたず 日々といふ受け入れがたきを飼ひな…

二十一首

風が名を与へたまひしコスモスの一輪のみを見つめてゐたり 意志持つは終はりを告げる夕暮れの朱よりいずる緋の曼珠沙華 朱:あか 言葉さへ置き去りのまま引き潮の流れは速く海の遠のく 繰り言はかき消されたり西日射すプラットホームに快速の過ぐ 亡き者の何…

二十三首

ゆふされば時に食はれし引き算のます目に文字を埋めてゆきなむ なしをへしけふといふ日の裂け目からこぼれ満ちゆくひぐらしのこゑ はたしてそれはかなふだらうかひだりへと逃げ水なのにひだりへと蔓 手の中にあると思ひしさいころのふればただよふ汗臭き空 …

十六首

青空へ忘れたりしか返礼をいそぎとどけむと蔓草の生ふ 軋むほど巻きつきはじむ蔓草にわれは樹となり雨を待ちをり 樹:き 錆びてゆく空へ群れなすたちあふひ無力であれと言ひし人あり その問ひのくちびるあをくにはか降る雨をたのみに応へずにをり 生ぬるい夜…

無題

あかあかと接吻交はしクリムトの崩れゆきたるのうぜんかづら 接吻:くちづけ 遠雷に見送りし人おもひをり水無月も尽き明日は手紙を

梔子

朽ちるためこの身あらねど梔子は無惨なまでの白を咲きをり たつぷりと覚悟をふくみ落ちゐたる梔子の裔われは知らざり 裔:こはな

九日義父八十四歳で逝く

梅雨入りに義父は逝きたりいづくかに忘れ去られし軍刀ひと振り 紫陽花は見送りもせぬ野辺となり濡れてただ美し葬列のゆく 蕭蕭とかの地も雨のなかにあり果たせずにゐることなど思ふ 酌み交はしうなづきあつたことごとく反古にしたまま梅雨のつばくら あぜ道…

ゆづり葉

残すもの何ひとつなくゆづり葉のただ生い繁る無風水無月 ゆづり葉の繰り返される返礼の疾うに亡くせしものありたるに

写真家杉本博司氏の「海景」を見る

海と空わかつものなく果てといふ水平ひとつ胸にだきをり ふれるほどむきあふ海へもう半歩胸の水位に波のたちゆく 安寧の言葉なくせど手を広げ海の水平たもちてをりぬ

十五首

これからを思ふことなくほどきゆく指さきにある空のあやふさ 外に出ずなにごともなし餞と喪と言ひきかせ床をみがきぬ 人恋へばレンズをみがく真夜ひとり楕円軌道はもつとも遠く まいにちを惜しんでゐるか残照の問ひかけの過ぎ街の灯ともる 遠くまで行くため…

十五首

さうすぐに素直になれず礼節に頼れば届くトロイの木馬 萌えいづるその息づまる香のなかに笑まふ猫をりシッと追ひ払ふ 汝の肩はたをやかなりし靉靆と異形の花のわき上がりけり 路地裏の月の廊下を往きをれば立たされ坊主の桜に会へり 甘夏の指の先から染まり…

十七首

手の椀に言葉をうけるありがたく口にはこべば芽吹く紫陽花 差し出した手にのせられし生肝に耐へかねてをり身のほど知らず 頑なで居心地わろきわれなれば物の怪さへも暇を請へり 啓蟄の回送電車のがらんどう窓に映れるわれの水仙 こつちだよ囁く声のゆくゆく…

十六首

突然の訃報かもしれぬ隣家での豆まく声のぴたりと止みて 立つ春のピンホールなる明星をあふぎ昨日の遺影を撮りぬ 知らぬ間に口ずさみをり星のうた冬のきざはしのぼりくだりて 讃美歌はひとり向きあふさゆる空なにも求めずをりたかりしを こわれもの扱ふやう…

十五首

元日のにわかの霰わが肩に積もることなくひた打ちつづく 空おもく今にも雪が降りさうなあいまい坂を顔あげゆかむ 行儀よく先に逝くのだ久しぶり娘と歩き早足のわれ 待つのだよ胸処の芯に火をともし夜明けと呼べぬ朝が来るから 霰降り何を占ふ変拍子をどりつ…