二十三首

ゆふされば時に食はれし引き算のます目に文字を埋めてゆきなむ



なしをへしけふといふ日の裂け目からこぼれ満ちゆくひぐらしのこゑ



はたしてそれはかなふだらうかひだりへと逃げ水なのにひだりへと蔓



手の中にあると思ひしさいころのふればただよふ汗臭き空



死者たちの腕もえ出でてあの夏の入道雲をわらわら掴み



「驟雨」といふ言葉おぼえし詩歌集も書架に眠れりひねもすの雨



ワンピース失くせしままに来し朝の風のささやくそれはあなただ



マトリョーシカ! つひに出会へぬ日のためにわが身ひとつを器となさむ



ペルセウスあさきゆめみし帰り来ぬわがベランダを最果てとして



願ふことなきにしもあらず手のひらをかざせば過去に光はつどひ



明日もまたまがふことなき明日となれ宇宙の芥もかがやく夜だ      宇宙:そら



ミニハープ爪弾くまねをす夜のあり道に迷へるわれを眺めつ



肘掛の殿様飛蝗を運びゆく大和路快速法隆寺駅停車



包まれし言葉はにがくオブラート異物としての告知を聞けり



日ぐれには言葉のひとつさまよひて影の延びゆく木立ちに消へぬ



甘栗の残りひとつの音のする指折り数ふこれまでのこと



青空ゆメールがとどきこまつたのやれつらいだの言はず霹靂



夏は逝き命ひとつをながらへばたれを見送るきつねのかみそり



群れなすをやめたる心こすもすのどこから来たる前兆もなく       前兆:まえぶれ



ヘブンリーブルー昨日のいのち摘み終へし高くなりゆく私の青空



何ごともなさずに暮れるいちにちの終わりに聴こゆThe Fool on the Hill



何といふセンチメンタルあやまちも修羅にはこばれ暮れてゆけとは



生命線深まりゆきぬ八月の果てのひまわり夜を身ごもり