2011-01-01から1年間の記事一覧

七首

採血のまなぶた閉ぢるつかのまに子供とかへるうしろの正面 さびしさを糸でかがればかぎ裂きのかたちしてをり棘のあるらし 朝からの雨降りやまずあさがほの枯れたる蔓のいまだ絡めり まだ若く巡り会ふべき人たちを知らずに弾きし春のオルガン ふたつみつ街の…

二十三首

見つめつつ祈りのかたちに手を合はす生命線のすこしずれをり 金木犀くしやみする猫われとまた秋のさなかに身を置くひと り 猫の影われの影などながながと等価となりし西日の中に 群れなさず一本のみのため息も花でありけり緋の曼珠沙華 ときどきは風を伝へる…

十三首

長月の朔は雨のなかにあり流さずにゐし涙かぞへり さやうなら舟はゆきたり九月へと祈り祈ればひぐらしの鳴く 聖九月あをの高みへ舟をだしなにも望まずをりたかりしを 浮き橋を越へてゆきたる長月の移ろふだけのわれも愛さむ やはらかき九月の森を越へてゆく…

十五首

野の匂い胸に迫れる初夏の夜風の中へわれを解きぬ 解きぬ:ほどきぬ 捕虫網破れしままの八月に逃ししものを未だ知らざり 夾竹桃おだやかならずくれなゐの潜みの中に意志のあるらし 夏よ アスファルト溶けやはらかき喪章のごとく揚羽とまりぬ 題詠「アスファ…

十九首

水平にひらく海へと風のゆくわれは失語の旗でありけり この海も海へとつづく海ならむ心地のわろき壊れしベンチ 真夏日に内海は凪ぎどこからか漂ひきたるタイヤのひとつ ものがたり聞かせておくれ凪ぐほどの記憶ひめたる海になるなら 視界よりなほあふれたる…

十八首

さやうなら三度となへる水無月の海は海へとつながりて雨 もういちど別れることが叶ふならわたつみに降る雨の細かり *以上二首、雨の神戸港にて 夜が割れささやきの降るわれは手を椀のかたちに合はせて祈る 昼顔の揺れるにまかす音楽を犬と聞きをり小一時間…

二十一首

最後まで使ひ終へたる鉛筆を捨てきれずにをる部屋うす暗き 風景の遠のきはじむ誰れときに立ちつくしをり空つぽの拳 空からの言葉をすべて手に受くる托鉢のごと頭をたれて 頭:かうべ たれひとり漏れることなく点呼されやがてひと山の匿名となる おそらくは契…

二十七首

紅つばき音なく落ちし春の日の地に着くまでのながき一瞬 紅こぶし泣きながら散るやはらかき風を憂ふは生きてをるゆゑ 散文を書いてどうする黄昏の一人ひとりが判別できぬ 花の散るそのつかの間をわれは見ずたれかに追はるる盗人のごと あらそひは避けてきた…

二十四首

知らぬまに夜は降りつみまなうらに深くささりし棘に気づけり 三月の見切り発車の春の香に夜は秘密を守りてをりぬ 薄墨のショールをまとひ日は往きぬ迷へば弥生に芽吹く花々 三月の夜のただよふ公園の道なだらかに胸をひらきぬ 山茶花もかたへの風もおくり名…

十三首

滾るほど湯をわかしけり冬の夜のルイボスティーに恨みはなきに 如月の日和よき日に帆を張るはあばらの男のむかしの習ひ けたたましく笛吹く薬缶ひとりならしばしのあひだ聞きいりてをり まざまざと散れば芥のさざんかの真つすぐ歩めぬ道となりたり バラスト…

十六首

底冷えの静けさのなかきみの死は地中をつたひ蛇口より漏る 記憶せよ身を切る風にさらはれし汝の黒髪もわが眼差しも 迷はぬやう冬の道ゆく街灯のひとつひとつに影をみとめて 後ろすがた距離あることのときめきの影をふみしめ陸橋をゆく 眼下には電車の眠りわ…

挽歌二十八首

弔ひの日々となりける弟月の升を消しゆく手帳小さき 死よりなほ選ぶものありえんえんと公孫樹並木の冬降りやまず 夕暮れに墨のながれき供物たる星座いでけり死者の数だけ 空ひくく枝をかさねるさくら木のたれもすくへぬ冬の手のひら やはらかな光りつつめよ…