二十一首


最後まで使ひ終へたる鉛筆を捨てきれずにをる部屋うす暗き



風景の遠のきはじむ誰れときに立ちつくしをり空つぽの拳



空からの言葉をすべて手に受くる托鉢のごと頭をたれて                      頭:かうべ



たれひとり漏れることなく点呼されやがてひと山の匿名となる



おそらくは契丹文字の来し方に埋もれしままのわれに理由を



黄砂ふる春ののどけしそしてまた東風の運べる見えぬものたち



目に見えぬ風の届けし思ひあり春よりおそく地に咲く花よ



微熱とふあいまいなわれツー・トンの電信兵の憂鬱おもへり



もてあましかかへきれない月がでる身の丈にあつた服をください



デザートのなごやかならず一つづつ嘘を言はさぬ苺すつぱき



空からの光りつづれる新緑のことばいちまい声にだしをり



目に見えぬ匂ひなき風さみどりの言葉の外へきみとゆきたし



ぬかるみの胸に棲みをる生き物をきみに見せたし仲たがひの夜に



擦過傷五月の風のやはらかき嘘に癒やされときに疼きぬ



五月 陽の回廊をゆくきみの背に映しだされし未完のことば



ああ五月きみシシュポスの風の吹くたれのためにぞ揺れる昼顔



過去形の梗概かたるカフェテラスそれでも五月はひかりの中に



歌うたふガーゼのごときヤマボウシ五月の闇に夏はきざしぬ



いちにちの終はりに尽きる珈琲のしあはせ苦し雨降りつづく



逃げてゆく五月の尻尾をつかまへる風のなだりの丘はひかりて



五月尽きひとつ残りしかきつばた光りの中へ差しのべし手よ