十五首
野の匂い胸に迫れる初夏の夜風の中へわれを解きぬ 解きぬ:ほどきぬ
捕虫網破れしままの八月に逃ししものを未だ知らざり
夾竹桃おだやかならずくれなゐの潜みの中に意志のあるらし
夏よ アスファルト溶けやはらかき喪章のごとく揚羽とまりぬ 題詠「アスファルト」
いつからか指折り数ふ癖の付き願ひごとなど小出しにだしぬ
むくげ咲く道をゆくたび病みし日に諦めしものはつか揺れたり
ぬるみゆくアイスコーヒー絶望はかなはぬことと咽喉をうるほし
転がりし蝉のはらわた虚ろなるオカリナのごと風の抜けゆく
炎天にとり残されし感覚のふとなつかしく身じろぎもせず
モノクロの蝉しぐれとふ静けさの中に立ちをり幼きわれは
さらはれし心のいづくさまよへる真夜のワルツのおだやかならず
天翅板われを突き刺す昼天の傷つきし過去などなかりけるかも
ゆつくりと展く手のひら汝の指が生命線をたどつてくれる
夏のゆく窓辺にゆれるTシャツのけだるく日々は漂白されて
法師蝉見知らぬ人さへ懐かしく八月尽きて森の暮れゆく