死地へ行く
月光58号(2019/04/30発行)
もし、神さまが私を長生きさせてくださるのなら、私は社会に出て、人類のために働きたいのです ― アンネ・フランク
移ろいしアンネの薔薇の棘はなぜ鋭くありぬ神の悪戯
死地へ行く
たわわなる死を実らせてわが胸の喫水線は深まりゆけり
オーロラを一度は見んと死の淵へ降りてゆきたる花冷えの夜
死地へ行く少女もいたりこれからは命ののちを何と呼ぶべき
眠りゆくクラリネットのささやきに生のまどろむ陽だまりの午後 生:せい
国境の丘に咲く花ひとり死にふたりが死んで名前が残り
花の名はアンビヴァレンツ朝に発つ兵士はすでにヘルメットを脱ぎ
木漏れ陽は一度は死んだ男の眼ぼくの身体をうらやましがる 身体:からだ
死んだ者たちが言う安らぎよりも日々の奉仕をわたしに科せと
生きている者たちが言う息ふかく空を仰げるここが底だと
赴くとはみずから暮れる陽のように再戦かたるボクサーのように
船がゆく飛行機がゆくぼくの眼を水平に過ぐ不帰の人たち
夕照にきらびやかなる航跡のすれ違いゆきやがて終焉