十八首
さやうなら三度となへる水無月の海は海へとつながりて雨
もういちど別れることが叶ふならわたつみに降る雨の細かり
*以上二首、雨の神戸港にて
夜が割れささやきの降るわれは手を椀のかたちに合はせて祈る
昼顔の揺れるにまかす音楽を犬と聞きをり小一時間ほど
切り札をきり損ねしとうそぶきつポケットのごみを払ひけるかも
ひとり過ぐ水銀灯のあやふきに影さへわれを離れゆきたり
名も知らぬ柑橘系とすれちがふ夏の空へとエスカレーターは
そのことば分かつてしまふ悲しみをどこにあづけむ虹の出てをり
あぢさゐの陰に宿れる亡き人の歌と聴きをる水無月の雨
あぢさゐの何を羞じをる雨つぶの一つひとつに色ふかまりぬ
六月の理由をたれも持てぬゆゑあぢさゐ終に花となりたり
シュメールの忘れ去られし猫のごと青い眼の咲く日暮れのきたり
青空へ眩きコトバ昇りけり一人ひとりのバベルをたづさへ
初夏の光りの弾むおくれ毛にジムノペディの眩しかりけり
初夏の手紙に添へし押し花の眩きのちの死にこそあらめ
校庭の旗の影濃く空つぽの記憶にのこる塩素のにほひ
雷雲の眩しかりけり少年のひとりが消へし夏のとびらよ
窓辺には世の果てのごとさみどりのポトスしげれり道に迷ひぬ