濡れた朝刊―クリスチャン・ボルタンスキー展へ行く
月光60号(2019/08/31発行)
雪ふれば「私の上に…」と口をつく中也の倍の齢かさねて
*
シクラメン売れ残りたる店先の雪ふらずともほのかに明し
COPD泳ぐがごとく息を継ぎ噎せるがごとく葉桜を過ぐ
思い出はフィルムのように傷みだしさよならの日に降りしさみどり
時代とはネットで求めし詩画集にかすかに残る煙草のにおい
肺腑にも意志はあるらし喫煙の仕返しとばかりぼくを苛む
吸うは足り吐くが足りぬと医師の言うそれほどに欲ぶかき生なり
宿痾など鼻持ちならぬ言の葉の血を捨てつつも空気が足りぬ
面倒なことは嫌いさおまえには後腐れない番号を振る
「お前ら」と名前を奪うぼくがいて夕暮れさえも諧調を持つ
蓬髪をなでつけながら「ダイジョウブ」鏡よ鏡かさねる嘘よ
弱ってる金魚を狙え夏の夜に浴衣の袖は水にしたたり
連綿と死はつづきたり手にとりし遺骸のような濡れた朝刊
訃報覧切り抜き終えて無縁ゆえ墓碑銘つくる雨の日曜
奪われし名前も服も列島の除染土のごと山積みのまま