二十七首

紅つばき音なく落ちし春の日の地に着くまでのながき一瞬



紅こぶし泣きながら散るやはらかき風を憂ふは生きてをるゆゑ



散文を書いてどうする黄昏の一人ひとりが判別できぬ



花の散るそのつかの間をわれは見ずたれかに追はるる盗人のごと



あらそひは避けてきたりぬミンチ肉一心不乱にこねてをりたり



春の日のゆれる菜の花ざむざむと寄せては奪ふ海となりけり



でも川ぞひを歩きたいんだ海へ出る希望のやうな怯へのやうな



それはまだ名付けられずに片隅の震へるものや脅かすもの



もうさんざん話しをへたる明日のことさう分からない分からないんだよ



夜行性獣舎を出でしわれにへと風は光りてながき尾を持つ



黒々と死肉を食らふ禿鷹も祈りのかたちに首を折りをり



争はぬ男であれどギギギギギわが身を抱けば軋む音せり



足し算が習ひとなりし生活に溶けてゆきたるをとこの背中



日は翳りたれのせゐでもなきものを口惜しきまでの花の天蓋



まざまざと生きざま死にざまざまはなく花に覚悟があるはずもなし



堕天使のきみに夕暮れ傷をもつ肩甲骨のはつか光れり



トンネルの向かうから来しずぶ濡れの犬そのままに抜けて行きたり



どこからか迷ひ羽虫の溜め息の聞こへてきたり朝がはじまる



風わたる高層ビルの植え込みに靴の片方ばら組かおる



われもまた骨身をさらす君の目が野に咲く花を追ふてはゐても



風まへばひとりを思ひ坂道をのぼり切りたるわれにさざんか



痺れたる小指の先のその腹に蝶はとまりぬ痛点のあり



箸をもつ口惜しさもあれ一切れの刺し身をつかむ薄暗き卓



西日さしきみのブラウス透過する塩素のにほふ化学教室



ゆつくりと死にむかひたし真つ白なページをめくる爪の汚き



青空へ欅のたかく手をのばし風と手話をする「阿呆が見とるわ」



葉桜のかげ濃くなりき打ち寄せるボディーブロウの夜明けばかりが