十六首

青空へ忘れたりしか返礼をいそぎとどけむと蔓草の生ふ



軋むほど巻きつきはじむ蔓草にわれは樹となり雨を待ちをり    樹:き



錆びてゆく空へ群れなすたちあふひ無力であれと言ひし人あり



その問ひのくちびるあをくにはか降る雨をたのみに応へずにをり



生ぬるい夜風の中にぎつぎつと地に根をのばす竹の音する



梅雨といふ分かつものなきむかうからこの空にまた昇りくるもの



梅雨といふ分かつものなきこの空のかぎりをこへて沈みゆくもの



ほほづきのハートのごとく実りをり脈うつものみな朱をまとひぬ    朱:あか



あまのかわ皿に横たふ魚の眼に流れゆきたる夕餉のありぬ



精進の明けし真昼のアルバムに軍靴の音のざんざと聞こゆ



なにごとも起らぬ日々を耐ふるよに胎児のかたちに義母はねむれり



夜は濃く浸透圧の負のほうへ言葉がじゆくつと滲みはじめり



夜は濃く浸透圧の負のほうへ言葉は滲み立ちあがりけり



雨音の遠のきはじむうたた寝の向こふに聞こゆあぢさゐの闇



きみの眼に驟雨の過ぎぬつかのまのわがためらひをひと雫とし



文月の余白に書きし言づてのあいまいとなり折り鶴にせむ