二十首

この耳を彼岸花咲く土に埋め骨の溶けゆく音を聴きなむ



徒に風に服する神無月そよぐものみな思ひをほどき



西日へと目深にかぶる中折れの向かうにゆらぐ花よ供物よ



斎場にいづくより発つ死者たちの雲のたなびき言葉をもたず



日々といふ受け入れがたきを飼ひならし台風一過 空の清々



言の葉の一行すくと立ち上がり折れしこころの添へ木となれり



水すくふ指からこぼる欲望の水へと還へる虹のきれぎれ



とうとうと清くしあれば切なかりよもつひらさか鳥のゆきかふ                 (加藤和彦さん十月十六日自死



井戸浚ひ夕べに来たり「ようがす」とひよいと下りゆき行方の知れず



つむじ風ひとつまとひて遠慮なき着替へを終へしマネキンと面す



花の名を知るすべもたぬ風のごとわれを揺らして人は逝きたり



ゆふやみに浮かぶ人影おぼろなる日々は名残りとわれに告げたり



秋といふ風に追はれし蟷螂は保護色のまま土へかへりぬ                      蟷螂:とうろう



ぷふぁーんと通過してゆくマネキンのひしめきゐたる明るき棺



幽霊は書架に眠れり風の朝すすきの原に放ちにゆかん



春に見し蜥蜴いづくに眠るらむ月なき夜にたまごゆでをり



両の手でたまご包みてあやふさをあたためをれば月のぼりけり



蜘蛛の巣に月はかかりて繭のごと贄となりたる夜に出会ひぬ



いちにちはいと疾く枯れてゆふぐれに今朝の花などなつかしくあり



きみ逝きし空見あげればのんびりと歩く人ゐて「やあ元気かい?」             

(空に浮かぶ横断歩道の交通標識を見て亡き T 君を想う)