十六首
突然の訃報かもしれぬ隣家での豆まく声のぴたりと止みて
立つ春のピンホールなる明星をあふぎ昨日の遺影を撮りぬ
知らぬ間に口ずさみをり星のうた冬のきざはしのぼりくだりて
讃美歌はひとり向きあふさゆる空なにも求めずをりたかりしを
こわれもの扱ふやうに手をやればかわす身の香のその先に春
だまし舟折つてあそべばつかの間の闇に聞こえる春をよぶ雨
惜別が手垢まみれの桜ならまた会ふ日々をわれは歌はず
降る雨に思ひを合はせ数へれば指折りがたき春のさまざま
すでに落つ紅一輪のもどかしさ猫の額に陽だまりのあり
片隅の芥といへど花の果て嗚呼いつぞやの風の証よ
くだらない意地かもしれぬ風つよくたれも渡らぬ陸橋に立てり
形なきこころを映す空を読み昨日とおなじ言葉を覚ゆ
冴えかへる傷ならわれは一日を黙し終へたりひゐらぎの青
広野ゆくディーゼルさへも自由とか言ひだしさうな菜の花の揺れ
あふるまで雨うけとめんひと粒に恋うるものあり乞食の春
この棘を抜いてはならぬ疼くゆゑ風に残せる指紋のあまた