「月鞠」八号 どろの舟 十首


人波に逆らひ歩く夕まぐれ落ちゆくまでの止まり木ひとつ



漕ぎだすは標なき海どろ舟のどろの櫂もてどろの舵とれ



酩酊のわが足取りはつひぞ消え行方不明の夜となりたり



誘蛾灯指名手配のわれなればここにゐるよと火だるまでをり



甘えてはうらみつらみの懐手夜に打たれる棒杭ならむ



遠くまでさまよふ舟を思ひをりためらひにぎる舫ほどかず



喧騒の静まりたればいさかひはニュースとなりて人ひとり逝く



白い花手向けられたる路地裏を千鳥足にて幾たびか過ぐ



刹那とは切なかりけりわが前を通り過ぎたるいのち鎮めむ



喫煙を好みし人か知らねどもひとつ供へしロングピース