二十二首
面影よ風のこずゑの指ししめす月はふとりて胸ひらく女 女:ひと
満ちるもの内から外へわれを超へ口惜しければびしよ濡れとなる
夢みるはこれが最後と言ひし日の片手ににぎるグラスのうつろ
菜の花のひとつ灯ればあたたかき調べとなりぬ冬の讃美歌
沈丁花むせかへるごと君をだく先逝くための祈りをかくし
黄昏の人また人のすき間からわが影ぬすむ妖怪いづる
沈丁花ほほよせあへば溜め息のかずだけかほる裏木戸あたり
しあはせの写真の褪せてやはらかき光りまとふを黄昏と呼び
どこへゆく問はれ弥生の空のした花つむ無惨おぼえてゐるか
よりそふてひそひそひそと沈丁花告発したき罪は知らねど
雨つぶのひとつふたつと沈丁花なんの器ぞ口惜しくば泣け
風つよき坂をくだればクレマチス狂はんほどにわれを招きぬ
無自覚の罪に気付きぬベランダにひと刷毛ほどの黄砂つもれり
黄砂ふり遥かにけぶる火葬場は仕事を終へし春ののどけさ
クレマチス没日をさそふ呪の花よいつぽん道に消へてゆきたし
早咲きの桜かなしも一陣の風と去りゆき見送るばかり アルコール依存症者の亡き友に捧ぐ
雨の夜に両手でつつみ白湯ふふむ無念のかほりかすか立ちをり
わが胸の海はとほのきブルースはかもめ一羽が展く水平
三分咲きあふぎつつ過ぐ青空に桜ひとひら離れゆきたり
何もかも満ちたりてをり春の陽にはがれしペンキいちまいひろふ
われは与へず 花のおもひは風にのり勝手に過ぎよ名もなきままに
重きうで耐へかねほどく朝方に死者は鎮まり眠つてください 故竹山広さんへ捧ぐ