十八首


ああ空を埋め尽くしたるさるすべり風の吹くまで百日すこし



夕ぐれのあはいからふるひぐらしの声のむかうに闇は満ちをり



満ちたればいつせいに止みひぐらしの明日までのこる声のわづかに



遠い日の思ひ引きよす歌声をリプレイしをる機器のあたらし



ながながと何を吐きをる溜め息の針はかさなり明日へとはいる



珈琲をあなたの手からもらひ受けどこに仕舞ひし笑みもミルクも



空とふはにはかの雨がすぎるもの清冽なりしきみをもへば



日々とふは過ぎさるものにあらざりし泳ぐ人みな息を継ぎをり



臓物といふ言葉おもたき路地裏にあてどうしなひ夕暮れにほふ             臓物:ホルモン



午前九時どうしやうもない思ひ満ち床にころがつてゐるピルケース



だれのせゐでもないさやうならがやつてくる洗濯ものはすでに乾きて



どうしても月のあかりと虫の音がはいつてきてしまふ部屋にをりけり



さやうなら夏のなごりの薄暮へと礼状一葉ポストにおとす



秋あかねすいつと離れき嗚呼つひに汝も知りたるかわれの来し道



夏はゆきなにを惜しむかひと刷毛のエンドロールよ雲のたかさよ



数歩ゆき曼珠沙華咲く暮れ方の一本であることのすさまじ



ゆふぐれが遅れてきたのわたしより眠りの沼へおりゆく 重く



脈拍の孤高なる音ヒガンバナ群れなしをればいちりん手折る