「月鞠」七号 甘夏 十首


棟を去りびしよびしよと食む甘夏の指すくよかに祝祭となる



病棟は山あひふかく薄暮にはアケビの裂ける音のひびけり



いづくにか霊安室のあると聞くこころあつかふ棟の中にも



亡霊の足あとばかりそこかしこ月さえざえと廊下を濡らし



深夜聴くラジオの調べに全霊をゆだねてをりぬ麻酔のごとく



中庭へボレロにのつて星のぼりイヤホンはつか温かくあり



放哉の栞にせんと落葉をえらびをりしが深紅かなはず



朝夕の雀のお宿かまびすしなにも告げざるわれの時計は



アルコール消毒臭のなき部屋にかすかにまじる冬の腐葉土



点滴のはやさで迎ふ新年の箸もつ指のもどかしくあり