棟を去りびしよびしよと食む甘夏の指すくよかに祝祭となる
病棟は山あひふかく薄暮にはアケビの裂ける音のひびけり
いづくにか霊安室のあると聞くこころあつかふ棟の中にも
亡霊の足あとばかりそこかしこ月さえざえと廊下を濡らし
深夜聴くラジオの調べに全霊をゆだねてをりぬ麻酔のごとく
中庭へボレロにのつて星のぼりイヤホンはつか温かくあり
放哉の栞にせんと落葉をえらびをりしが深紅かなはず
朝夕の雀のお宿かまびすしなにも告げざるわれの時計は
アルコール消毒臭のなき部屋にかすかにまじる冬の腐葉土
点滴のはやさで迎ふ新年の箸もつ指のもどかしくあり