二十四首
杳杳と春の香の満ちただひとり青信号を渡らずにをり
手のひらを合わせるほどにうちとけて何もわたせぬ手のひらである
われは杞の民であらねど夕暮れに空の墜ちくるサイレンを聞く
風つよく逆流性食道炎われはいつぽんのたて笛ならむ
ハンガーにだらりと眠る冬服の肩にのこりし雪をおもへり
iPod 鳴り終へたれば降りけぶる五月の雨は耳にさやけし
赤 、白 、と躑躅をおとす五月雨はやまひのゆくへ占ひけるか
目覚めても酔ふてはをらぬしあはせを天へ託さむひたあをの空
五月闇ならばわたしを孵化させよ問はず語りの雨ふりやまず
木漏れ日を掬ふ手のひらあたたかく空へとかへす昨日の憂ひ
貼りついた影の孤高よ刻々とたふれるやうな眠りをまちぬ
右へゆくなら左へむかふあまのじやく道うがつごと揺るぎなき影
なにもかも影になるのだ昼下がりひとしく並ぶ白き病棟
木漏れ日は雨のごと降る陶然とわたしも道もひかりに濡れて
快晴の坂をくだればわが思ひ濃き影に沿ひぼんやりとあり
どこをどう歩いてきたのかビル風が木漏れ日ゆらし空に気づけり
うつうつと生きる力の湿気りゆくクラッカーに塗るマスカルポーネ
人をへて人へとかへる子守り歌聴きつ歌ひつ春にしづみぬ
両の手の運命だけでこと足りき生命線はきみにあげよう
生きいそぐ理由はあらねど酒あふり背中にのこりし風の手形よ
街ゆけばぽつりぽつりと晒し首視線が合へばわれに似てをり
ゆふぐれの点景のごと走りゆく電車のなかの人は寝てをり
たれそれのためとは言はず窓の辺に飾りし花はさらりと散りぬ
夜がくるあやとりをした一日のもつれをほどき終はりを告げに