光りの中の八月


雷雲の眩しかりけり少年のひとりが消えし夏のとびらよ
           
          

           *



舌を垂れ涎を垂れて犬のごと上目遣いのいち日のあり



微熱あり朝へしのびくる雨とひと匙すする粥のにおいと        朝:あした



ひと口の水わけあいし八月の花火を恐る人のありたり



墓を抱くあなたもわれもしばらくは土塊のごと生きておらねば



見上ぐれば入道たてり光背を畏れて過ぐる六十年を



陳腐なるコトバとミライ八月にきみが焼くべき朱き印画紙       朱:あか



老年も荒野を目指せいざデモへデモへ立てよと晩夏の風が       荒野:あらの



御堂筋われらが夜の反戦歌スワロフスキーの沈黙を過ぐ



濡れた砂一握の砂八月のさよならを告ぐ永遠の没り日に        永遠:とわ  没:い



砂はらうしぐさも忘れ汚れたる旗のごと立つ汽水のほとり



千年を流れしのちに帰り来よわだつみに咲く花をたずさえ



千年を待ちくたびれて万年の望みをたくし海に向かえり
           
          

           *  



半ズボン眩しかりけり永遠に立てかけられし虫捕り網は

八月の異称  


もうきみを失うこともなかりけり始まらぬ芝居の幕があく



バス停のベンチにすわる男おりただ見送るだけの男なり



これからは腹話術の時代がくるよわたしでもないあなたでもない



猛暑日に汗の流れる正しさよ他人の口を借りることもなし



鼻歌をお風呂でうたう癖のまま大人になりしきみのイマジン



裏がえり歌にもならぬ声をもち嗚呼嗚呼嗚呼と迫りくるもの



夜の皮いち枚はがす欲望のままにおまえの貌を見ており



欲望と呼べるものなき一日を葬りしのち手を洗いおり



黙祷とプールの匂い八月へ電車はゆけりまぶしきなかを



サングラス外すことなき八月の焼かれし眼より伸びる蔓草



西方へ月がかたむく触れられぬあなたの眉を稜線として



触れられぬ逃げ水のごとき八月にきみはいたのだ影を残して



亡きひとは空の青さのその向こう神になるなどわれは思わず



祈りとは呪いにちかし愛憎の裏と表に神はましませ

デュアル


水菓子のたとえばそれは傷ついた鳥をつつんだ手の椀に似て



包むという生殺与奪おおいなる咎でありしか説かれる愛は



そう、たとえば机のうえのノートにもはにかむような血の痕があって



日記にはいまだに涸れぬみずうみにさまようきみの航跡のあり



ひたすらに泣きたくなるの透きとおるエレベーターで昇りゆくとき



涙する夢見ることもなかりけりかげろうの死をして一日とす



敵前の敵見あたらぬビルの空ながるる雲と人はまじわる



行き交えばわれは敵らし眼光のするどき漢の握る旗竿



手のひらは掴めるように差し出せよ頭の上から捧げられるもの            頭:ず



献血のできぬ血をもち騒音にまぎれて聞こゆO型とう声



遠く降る雨の匂いとおもうほど静かにそろう前髪がある



その髪を思い出せない朝となり雨あいまいにただただと降る



おしなべて日日は日々なり山梔子のかおりのひとつ事件のごとく



いちにちを泣いているらし初夏の風のおよばぬ窓辺のありぬ

みずうみは水に溺れて


ここからは致命傷なの指切りの指で引かれる切り取り線


赦せとは言えない日々へこの頭蓋落日のごと傾いでゆきぬ


こぼれくる言葉をひろう春の日の影あわくしてきみは他人に


白皿に片身の魚もうこれはわたしではないあなたでもない


西日入るキッチンごろんとわたくしの半生がうち捨てられてある


地下茎の眠りの深くわたくしの物語となる雨ふりはじむ


もうきみの仕草もわすれ花の名も思いだせずに卯月のかかり


この川に沿うてゆきたし対岸に骨を集めるきみに手をふる


軋みだす螺旋のはしご思い出をつくる現場のどこにあるらん


ああここに地層が見えるきみ抱きしわが手のひらに降り積もるもの


瀉血には要領が要るのこうやって手をさしだして諦めるの


笛の音にとびらは閉まりふかぶかと列車は野をゆく菜の花をゆく


血を捨てに通う道道咲く花のその先にまで届けられるもの


懐かしいなどとほざいて振り向けばタールのような夜がきている


夜ごとの眠り深くしてわたくしが抱くみずうみは水に溺れて

懇願


何ごとも始まるでなく終わるにも一寸足りぬ冬の一日               一寸:いっすん


十年を恃んで雪ぐあやまちをあやまちとして認めてください


古びたる撥条仕掛けの幕引きを許してくれぬサイレンひびく


足跡は腐りゆくものあの空へ飛び立ったのかふつと途切れて


半分は悲鳴であらん世の中を聞かず聞こえずイルミ光れり


アルバムがひとりで開く廃屋に囚えられおり時間のしずか


目を閉ずる明き陽の中たれしもがわが身に迷う冬の踊り場


一枚をへだてて眠るきみの上に芽ぶく音のごと巡るものあり


焼きつける何ものもなく思い出をめくっていくのは浚いの風か


口ずさむ歌は名なしの当てずっぽうあれやこれやの悲しみの舟


沈黙は異議なし異議あり遣る瀬なし寒水仙に風の渡りぬ


ひとことも口を利かずに暮るる日の痩せるほど研ぐ包丁一柄


その日には足すもののなし艶蕗の黄の花びらの欠けてあれども


季節のすぎ赦しのあとの花のごと頭をたれてもたらさるるもの          季節:とき 頭:こうべ


御破算でお願いします恥多き日々でありますわれであります

晩秋印象派

一日は黄葉紅葉散りゆくを別れた人の泰然とあり



ガス灯をともして回る夢をみるよもつひらさかいついつ出会う



慰めでなければいいの心から悼んでいるか分からなくなって



痛みには名前がほしい角砂糖溶けゆくまでの曖昧に耐え



寒雷がずっと鳴っている鳩尾のあたりに触れるきみの手のひら



日曜のユンボはひとり鋼鉄の疑問のままにふかく眠れり



ひよどりの呼び合う歌を知りたれば問いも答えも消えてしまいぬ



ビルケナウわが心臓を通過する夜行貨物の眠ることなし



投げだした裸のままのわが腕を半島として海よ眠れよ



秋とはいえ暮れにいたらぬそのはざま降り始めたる最初の一葉         一葉:ひとは



颯爽とウッドベースを押しゆける公孫樹並木の黒髪の女            女:ひと



一陣の風となりたる旋律の運ばれゆきてやがて狂えり



空たかく枝を離るる音のするさよならだけが降り注ぎたり



たそがれにあの世この世がキスをするなくした両手に抱きしめられて 



手を紙で切りたる夜のかたむきてああやっぱりと冬に入りぬ

ゴジラノワール


「どこゆくの」母の声するお三時のつたい歩きの人類のころ



思い出はゴジラノワール日の出ずる国のふたたび灰燼に帰す



炎天に立ちつくしおり一切は光りとなりて色をうしなう



ゴジラとう愛もあるべしたれもみないけないことに胸おどらせて



ひたすらの正義を恐る夏の空われに向かいてゴジラは立てり




回復プログラム


落蝉のオカリナとなり晩夏へと供えるものを一つと持たず



純というまどろっこさゆえ立ち止まり舌打ちののち重なるクチビル



鬼灯の枯れてゆきたるベランダに讃美歌よりも高き空あり



「ついに」とは深き欲望そしてまた裸木のままに立てる諦念



皿を割ってしまえば戻らぬ(というような)世界は迂闊に支配をされて



間にあわぬあなたの町へ行くバスのとびらの音の空へ響けり



耳順とは暮れ方ならむ誰からも心いただく花いちもんめ



手をつなぎ遊びし路地の今はなくあの子が欲しいと言えざりにけり



嬉々として雨に濡れたの覚えてる? a / m / e … あれはまだ言葉を知らぬ日



取り立てて正しくなくとも平穏を生きていけよと朝に花咲く