八月の異称
もうきみを失うこともなかりけり始まらぬ芝居の幕があく
バス停のベンチにすわる男おりただ見送るだけの男なり
これからは腹話術の時代がくるよわたしでもないあなたでもない
猛暑日に汗の流れる正しさよ他人の口を借りることもなし
鼻歌をお風呂でうたう癖のまま大人になりしきみのイマジン
裏がえり歌にもならぬ声をもち嗚呼嗚呼嗚呼と迫りくるもの
夜の皮いち枚はがす欲望のままにおまえの貌を見ており
欲望と呼べるものなき一日を葬りしのち手を洗いおり
黙祷とプールの匂い八月へ電車はゆけりまぶしきなかを
サングラス外すことなき八月の焼かれし眼より伸びる蔓草
西方へ月がかたむく触れられぬあなたの眉を稜線として
触れられぬ逃げ水のごとき八月にきみはいたのだ影を残して
亡きひとは空の青さのその向こう神になるなどわれは思わず
祈りとは呪いにちかし愛憎の裏と表に神はましませ