一人受く

天高くボールを投げて一人受くいつか逝く日を知るかのように



そこかしこ蝉のなきたる森を出でひとつ命は惜しまれいたり



後悔をにれかみており青空も雨へとかわる雲を引きおり



爪を噛み見るものなべて不安なるルドンの花を壁に認むる



風はゆき明日にそよぐ葉ざくらも見送りしのちの青の葉ざくら



交わすべき言葉を捨てた舌打ちが合図のように日照雨降りくる



きれいごと言っては黙るくりかえしカンナの赤を知りし後にも



きみの居ぬ部屋で見つけしコルトレーンいつ聴きしかをわれは知らざり



いやそれはどうでもいいのさ生きている生きていないの外のことなど



この胸をせり上がりこし思い出は混ぜてはならぬ強き酸なり



蝕まれ多く語らぬ父の骨カリエスというながき欠落



わが胸にあばらという運河あり、沿うて背骨へ、のぼりて脳へ



これきりのお願いなどと言わないで何を運びしケセランパサラン



このままで終わるがよかろう、いいや否、千年悔いて咲く花あらん



おざなりに水やる朝も花々は意志あるごとく顔を持ち上ぐ

終活

はなびらの肩をよせあうさらさらと謀など話しおりたり



かたばみの恋に気づけどもうすでに閉じて閉じられ言葉はなくて



思い出はクローンのようにわれに似たご都合ばかりを懐妊したり



「永遠」と名付けてあげるウナセラディ消えゆくものだけ求めていずに



佇めばサントワマミー思い出のページをめくる速さがちがう



マーガレット 傾りのはてに風さえも白をいだきて夏をのぼりぬ



争いも夕べの花も窓ぎわに寄り添う影となりて候



無性という生の言葉を使わぬか論理などで誤魔化しもせず、ん?



落葉の尽きることなき径を経てランタナ灯もる町へ入りぬ



その先の明るくあればもう少し楽しむための切符をください



あの角を曲がればいいのね残り香に切なく日々が終わるとしても



頬杖の夜明けもありし白昼の行きだおれもあり酒うまし日は



利き腕も左の腕もさしだして神のよだれのごとき点滴



終活のひとつにせむとS席のキース・ジャレットをいちまい求む



誘われて逝くのであればそれはもう存外のことでした母さん

ウサギのような加湿器

放埓を生きしのち君さざんかの散って無惨と言うことはなし



平穏な暮らしであればきみを抱く朝もなかりき水準器を置く



アルコール依存、脊髄増殖性腫瘍と不治の病を二ついただく



玉子かけごはん食べおえ血液400cc捨てにおもむく



火、金とハイドレアカプセル服用せしが母の夢みることもなし



朝まだき蕾のごとく膝を抱きこれからという時間を厭う



早春の梢の先に風がいてわたしを騙すわたしを見てる



この花もあの花々もいっせいに名前を捨てて春野となりぬ



モノクロに時は止まりて容赦なき十年前の笑顔ありけり



なにかしら麻疹のようでもういちど別れるための出会いありなむ



見おさめともう見おさめと過ぐる日の退屈きわまりなき愛しさ



西陽映えテーブルの上に置かれたる水飲み鳥はひたに詫びおり



その入り日うつくしければ「また明日」あなたの指と約束をする



いっせいにPC閉じる音のして森の吐息の深くなりたり



夜明けまえ少し自分を抱きしめるウサギのような加湿器を買う

星は流れる

晩秋の風のすぎゆくほろほろと落ち穂拾いの言葉を生きよ



北向けばあばらを過ぐる霜月の風をはらみてほつれし釦



冬を告ぐ花であるらし水仙の歌が聴こえるひとりがふたり



押印のごと街を染めたる夕焼けのその日はたれも禁を犯さず



つむじかぜ一周おくれはたれならん枯れ葉まいおる冬のかたすみ



風まえば疼くものあり庇うようバックパックを前にまわせり



粉雪が十一階まで舞い上がりパソコンの手をしばし休めつ



ホリーナイト暗き車窓に映りたるわれを見つめるわれに降る雪



「もうすでに済んだことです」ラジオから聴こえてきたる闇のありたり



生前の言葉を流すラジオからくぐもるようなわれに似た声



「なあおまえ崩れていけよいつまでも天秤棒なぞ担いでおらず」



通過する駅の夕暮れ伸びてゆく人影たちも置き去りにして



その駅にさよならのあり果つるまで見送るための切符いちまい



膝だきし胎児のような落日が鉄路のむこうにしばらくありぬ



亡き友の最後の言葉知らずとも空を滲ませ星は流れる

月鞠十四号 「虹の根本」


雲おもき水底の空ああわれは息継ぎ下手の生きものなるよ



そぼ濡れてをるわが肌に虹色の山椒魚は這ひあがりきぬ



雨ばかり風吹くばかりの休日は「紅の豚」を繰り返し見つ



雨上がりきみは知らずやおのおのが虹の根本となりたることを



風つよく切り捨てられない心根のよわき日にこそ文をしたため



罵詈雑言 耐へて明日の夕ぐれはひらがなのごとほどけゆかんよ



ひよつこりと顔をだしたるあまんじやく甘い水など受け取らずにゆく



口ずさみし懐メロこそ口惜しけれ場末のバーに似合ふことなど



ほんたうのほんとの歌を聴かせてよこれから先は小さな人生



秋といふ誘惑の日の繰り返しくりかへしを出で丘にたちをり

絵画のやうに + 1


あかあかと接吻交はしクリムトの崩れゆきたるのうぜんかづら          接吻:くちづけ



大いなる地下水脈を抱くごとく弄ばれし果てのピアニシモ



きみといふ稜線たどり終はりなむ爪先までの西陽をうけて



ワイシャツは縞の模様に染まりけりブラインドとふその場しのぎの



夕暮れの電信柱を盗みたしフリーダ・カーロは正面見すゑつ



残照は言ひ訳のごとますぐなる抱擁ながく沈みゆきたり



汽車に乗りたしデルヴォーの七人の裸婦くろぐろと待ちをる夜に



熟さぬままに転がされ 愛され哀し嗚呼セザンヌとふ林檎