二十六首


炎天に堂々と降る蝉しぐれ赦しを待てる嘆きにあらず



影のごとゴマダラカミキリ飛び去りて地上すれすれの空の残れり



木洩れ日はやさしかりけり来し方を問はずにあそぶ手のひらの上を



真夏日ごみステーション雷雲を映して立てる姿見ひとつ



恋初めし文月うたはず尽きしのちいよいよ水の温まりゆけり



夕やけはジャッジのごとくたれもゐぬシャッター通りを染めてゆきけり



鶏頭のゆるゆるゆるる送り火のそなたは無念のかたちなりしか



残像を生きてゆくかや去る夏の眼に焼きつきしキバナコスモス



涙雨いやいやちがふおいそれと名付けられない思ひ出のやう



群れをなすそのとまどひもぶざまさも鋼のごとく北を向くため



あきあかねはぐれてをればそれはもう死にゆくものと決めて見てをり



浪漫とか憧憬でなく肝むかふこころつかまれ泣ひてしまへり



折り紙の角と角とを重ね合ふきみの指先の先にあるもの



折り鶴の祈りのかたち鋭くてなにも語れぬ一日のあり



言ひ返す言葉なき夜のカーテンのずしりと下がり冬に入りぬ



白秋の雨ゆるやかにさよならもきみの暦へ消へてゆきにき



捨てきれず箪笥に眠る邪気のなき小さなシャツとゴジラの帽子



一枚の写真にのこる面影をきみは拒否して今日を生きをり



北向けばあばらを過ぐる霜月の風をはらみてほつれし釦



冬を告ぐ花であるらし水仙の歌が聴こえるひとりがふたり



押印のごと街を染めたる夕焼けのその日はたれも禁を犯さず



つむじかぜ一周おくれは誰ならむ枯れ葉まひをる冬のかたすみ



題詠「雪」
ホリーナイト暗き車窓に映りたるわれを見つめるわれに降る雪



題詠「たとえ」
きみの死はたとへば手品の黒マントさよならだけが揺れてゐたりき



題詠「好き」
愛なんてだうでもいいの見上げれば落下傘のごと好きが降りくる



題詠「拾」
晩秋の風のすぎゆくほろほろと落ち穂拾ひの言葉を生きよ

十三首 (思ひ出)


まな板に鯉のいつぴき腐りをり西日のなかの旋律ひくし



忘却はかなはずにあり常しへに添ふて降りたる花ちらしの雨



膀胱のからつぽになりたるしあはせを老荘思想と嘯きてをり



ああこれがすずかけの道あつらひの思ひ出恋ふる日暮れも来たり



この道をしまらく行くと曲がり角ああそこからは過去に属せり



ひよつこりと顔をだしたるあまんじやく甘い水など受け取らずにゆく



まだきみは過去をかざらず思ひ出に蝕まれることなく野には花



保身ゆゑ見送るがはに立ちつくすわれであるかや雲はちぎれり



ああこれが思ひ出の髄だ甘いあまい吐息とともに抜いてしまはむ



思ひ出は劇薬なるぞ夕やけの朱に染まりつ浸潤されつ



約束を果たせぬままにパプリカのうとましきほど艶やかに立つ



転生も良しとしませう梔子の意気地のなさをじつと見てゐる



初夏に別れをつげる逃げ水のゆらめく中を黒猫の過ぐ

十八首


サブリミナル効果のごと夕 やけに向かひて人は「 実 は 」と言へり



胸に手を当てれば脈のかさこそと枯れ葉いちまいおちてゆきたり



十年ののちを思へば十年の歳月ありや日は暮れゆけり



きのふへの夜へともどる階梯に腰をかけをるわれに会ひたり



雲よりも低くいきかふ飛行機の偶数ありて終末のごと



そちらにも桜の名所はありますか泉下のきみと盃をいづれ



黴くさく傷のこするるレコードは愛の賛歌といふ名を持ちき



窓辺には水栽培のヒヤシンスたれより先に知らせるために



これからを黙してゆかむ覚悟なくしぐさのやうに雪はふりけり



みじか夜に浮かべし舟のゆくさきを酔ひにまかせて問はずにきたり



雨の上にゆふぐれ来たり悲しみの背骨のごとく鉄塔の立つ



木をはなれ地につくまでの数秒の祈りの坂をわれは下りぬ



背中から一枚はがれまたはがれ言ひがたきことのかくも多かり



右脚のしびれたる日のおしまひに黄色い花と苺をもとむ



ゆふぐれに触るると落つる木蓮の燭台ひとつ灯してゆきぬ



軒したに鳥籠ひとつつるされて四月の風にひゆううと鳴けり



いづくまで添ふてくるのか忘却はかなはずとも花ちらしの雨



驟雨さり虹のかかれる港からきみへと帰るわれの舟みゆ

落ち葉を拾ふ


霜月の旅に出るためマフラーのほつれをかがる言葉えらびぬ



杖をつきコンと鳴りたる夕ぐれに地球空洞説をわれは思へり



制覇とふ祝祭あるらしドーナツの穴から見やる街のパレード



まだ紅葉の少なかりける秋の日の足ふきマットの赤のウェルカム



「中身のない人ね」。そうでございます、山ほどのクスリ忘れずに飲む



急く心 掃ききよめられ集められ燃やされてゆけ空のたかみへ



陽の射さぬけものの道に灯りたるツワブキの黄の訴へを見つ



陽だまりを連れてるやうな友なりき月命日も冬に入りたり



落葉を対で拾へるわれであれ、いちにん、いちまいと落ちてきたれば



新しき手帳を求めし帰りみち過去になりゆく日の風を受く

半年歌

水無月のにほひは青し手さぐりの言葉の杖をついて歩めり



ひと雨に花となりゆく六月の杳き眼をしたわれのそれから



くちなしは赦し請ふやう移ろへり真白きことのせゐならなくに



赦されたいただそれだけの一日を終へて咲き たる待宵草は



試されてゐたかもしれぬ 一日の終はりに咲けるサボテンの花



中天へサイレンひびく八月の咽喉に刺さりし骨のありたり



臆病なをとこでゐたし八月の空よりあをく迫りくるもの



あをさゆゑ懸けまちがへしか八月のおはりに聴こゆ 「浜辺の歌」 が



もう恋に恋することもなかりけりさるすべり降る道をすぐ



もうわれはどこのだれでもいいやうな空のあをさよ雲のしろさよ



たれのため真白き靴をおろししか光みちたる日照雨ふりけり



あいまいな相ひ槌うてばいつせいに虫の音の止み雨ふりはじむ




題詠「道」

選ばざる道もありけり秋天のあきつあかねの向きのそれぞれ



題詠「くらげ」

諦めにほどよく似あふ酢くらげに箸をのばせば一つ落としぬ



題詠「湖」

初夏の青を問ふため湖にむかひて椅子をひとつ置きたり



題詠「コマネチ」

誰しもが攫はれさうな幼さの終はりにうたふコマネチの歌



題詠「館」

閉館の書架にねむれるひと夏の貸し出し記録の蜜月おもふ

七曜表


いくつもの扉を抜けし密室に手術台ひとつあからさまなり



こんなにも明るい部屋で血を流す人のありしか他人ごとのやう



マグロのごとく転がりをれば天井にどこへも行けぬ海図ひろぐる



麻酔から戻つてこれぬ心地してうしなふものを数へはじめつ



危急なる運びとなりて「手術なう」のツイートできぬ無念もあつて



手術後の名前を呼ばる水底に眠りしわれは息を継ぎたり



食ふよりも命にかかはる排泄の病あるらし世話になりけり



温かきゆまりの溜まる容器へも弥生の光り射しこみゐたり



七曜表消してゆきたる毎日の終はりにうたふわが早春賦



眠られぬ夜のみぎはへくり返す命の声のやりとり聞こゆ



ともがらを見おくる夢を見し今朝のわが片腕は痺れてゐたり



花だよりまだといふのに正夢の訃報とどきし二十一日



肌さむき朝となりたる尽日のいかに生きしや弥生三月



退院を果たせず四月となりし日の食後にいでしプリン甘かり



病院とふは生き物なるかあちこちに触手をもちてわれを繋げり



髭を剃る瘡蓋を剥ぐ爪を切るさつきまでわれの一部であつたもの



万歳はおほげさなれどTシャツに留置針なき腕を通せり



未明より寄せては返すサイレンの花に嵐のたとへを恐る



雨音に花を思へどけふの日をわれは臥しをりコルセットきつし



「シュウネンデオクラセタノネサクラバナ」満開までに吾は解かれたり





■この二十首は胸椎硬膜外血腫で六週間入院した体験を詠んだもの。
 辰巳泰子さん主宰結社「月鞠」十二号に掲載された。
 下半身不随の期間があり「この先の生活はどうなるのだろう」と散文的なことばかりが頭を巡り、
 韻文からもっとも遠い僻地にいた気がする。
 「月鞠」の発行準備時期と入院が重なり、思い切った二十首詠を勧めてくれた辰巳さんに感謝しています。
 自分でもこれまでの作風とはいくぶん違うニュアンスを感じているのだが、
 これが “そのときに必要な言葉” だったことは確信している。
 二月の末から三月いっぱいを過ぎ、四月七日に退院し、桜の心配ばかりしていた。

十四首

口惜しく襟をたてをり冬空に消へゆくのみのわれの喫煙



暮れてゆく冬日のなかの物語たれもヒーローヒロインならず



あきらめの後に咲きたる水仙の小さき明りわれも灯さむ



厳寒の野外喫煙コーナーに日本ペンギン寄りそひをりぬ



月までを歩いてゆかむきみといふわれに寄りそふ言葉たよりに



ひるがへりまたひるがへる群れツグミあの世この世をわれに見せつつ



喪にふくす家のあるらし如月のいと疾く梅のこぼれゆきたり



わが遺影えらびをる午後かをりたつバラの紅茶をきみはいれたり



欲望の器となりし幾年をすくひたまへよ南無阿弥陀仏



名画座のともしび絶えて待ち合はす恋人たちのTSUTAYAまばゆき



西日射す五十余年をさかのぼり母の干しにしシャツかわきゆく



あの雲はいつか見し雲亡き人の揺るがずにをり十三回忌



茶舗の香のただよひきたる寺町の母の命日など思ひだしをり



どことなく弛緩してをり終業のサイレン鳴りしのちのクレーン