七曜表


いくつもの扉を抜けし密室に手術台ひとつあからさまなり



こんなにも明るい部屋で血を流す人のありしか他人ごとのやう



マグロのごとく転がりをれば天井にどこへも行けぬ海図ひろぐる



麻酔から戻つてこれぬ心地してうしなふものを数へはじめつ



危急なる運びとなりて「手術なう」のツイートできぬ無念もあつて



手術後の名前を呼ばる水底に眠りしわれは息を継ぎたり



食ふよりも命にかかはる排泄の病あるらし世話になりけり



温かきゆまりの溜まる容器へも弥生の光り射しこみゐたり



七曜表消してゆきたる毎日の終はりにうたふわが早春賦



眠られぬ夜のみぎはへくり返す命の声のやりとり聞こゆ



ともがらを見おくる夢を見し今朝のわが片腕は痺れてゐたり



花だよりまだといふのに正夢の訃報とどきし二十一日



肌さむき朝となりたる尽日のいかに生きしや弥生三月



退院を果たせず四月となりし日の食後にいでしプリン甘かり



病院とふは生き物なるかあちこちに触手をもちてわれを繋げり



髭を剃る瘡蓋を剥ぐ爪を切るさつきまでわれの一部であつたもの



万歳はおほげさなれどTシャツに留置針なき腕を通せり



未明より寄せては返すサイレンの花に嵐のたとへを恐る



雨音に花を思へどけふの日をわれは臥しをりコルセットきつし



「シュウネンデオクラセタノネサクラバナ」満開までに吾は解かれたり





■この二十首は胸椎硬膜外血腫で六週間入院した体験を詠んだもの。
 辰巳泰子さん主宰結社「月鞠」十二号に掲載された。
 下半身不随の期間があり「この先の生活はどうなるのだろう」と散文的なことばかりが頭を巡り、
 韻文からもっとも遠い僻地にいた気がする。
 「月鞠」の発行準備時期と入院が重なり、思い切った二十首詠を勧めてくれた辰巳さんに感謝しています。
 自分でもこれまでの作風とはいくぶん違うニュアンスを感じているのだが、
 これが “そのときに必要な言葉” だったことは確信している。
 二月の末から三月いっぱいを過ぎ、四月七日に退院し、桜の心配ばかりしていた。