十三首 (思ひ出)


まな板に鯉のいつぴき腐りをり西日のなかの旋律ひくし



忘却はかなはずにあり常しへに添ふて降りたる花ちらしの雨



膀胱のからつぽになりたるしあはせを老荘思想と嘯きてをり



ああこれがすずかけの道あつらひの思ひ出恋ふる日暮れも来たり



この道をしまらく行くと曲がり角ああそこからは過去に属せり



ひよつこりと顔をだしたるあまんじやく甘い水など受け取らずにゆく



まだきみは過去をかざらず思ひ出に蝕まれることなく野には花



保身ゆゑ見送るがはに立ちつくすわれであるかや雲はちぎれり



ああこれが思ひ出の髄だ甘いあまい吐息とともに抜いてしまはむ



思ひ出は劇薬なるぞ夕やけの朱に染まりつ浸潤されつ



約束を果たせぬままにパプリカのうとましきほど艶やかに立つ



転生も良しとしませう梔子の意気地のなさをじつと見てゐる



初夏に別れをつげる逃げ水のゆらめく中を黒猫の過ぐ