月光の会 第三回黒田和美賞受賞

自選三十首 冬の踊り場



水菓子のたとえばそれは傷ついた鳥をつつみし手の椀に似て



         *



こぼれくる言葉をひろう春の日の影あわくしてきみは他人に



もうきみの仕草もわすれ花の名も思いだせずに卯月のかかり



ああここに地層が見えるきみ抱きしわが手のひらに降り積もるもの



ここからは致命傷なの指切りの指で引かれる切り取り線



そう、たとえば机のうえのノートにもはにかむような血の痕があって



日記にはいまだに涸れぬ湖にさまようきみの航跡がある



遠く降る雨の匂いと思うほど静かにそろう前髪がある



その髪を思い出せない朝となり雨あいまいにただただと降り



おしなべて日日は日々なり山梔子のかおりのひとつ事件のごとく



いちにちを泣いているらし初夏の風のおよばぬ窓辺のありぬ



雷雲の眩しかりけり少年のひとりが消えし夏のとびらよ



見上ぐれば入道たてり光背を畏れて過ぐる六十年を



微熱あり朝へしのびくる雨とひと匙すする粥のにおいと         朝:あした



舌を垂れ涎を垂れて犬のごと上目遣いのいち日のあり



黙祷とプールの匂い八月へ電車はゆけりまぶしき中を



サングラス外すことなき八月の焼かれし眼より伸びる蔓草



亡きひとは空の青さのその向こう神になるなどわれは思わず



祈りとは呪いにちかし愛憎の裏と表に神はましませ



濡れた砂一握の砂八月のさよならを告ぐ永遠の没り日に        永遠:とわ   没:い



一日は黄葉紅葉散りゆくを別れた人の泰然とあり             一日:いちじつ



その日には足すもののなし艶蕗の黄の花びらの欠けてあれども



西日入るキッチンごろんとわたくしの半生がうち捨てられてある



手を紙で切りたる夜のかたむきてああやっぱりと冬に入りぬ



ひとことも口を利かずに暮るる日の痩せるほど研ぐ包丁一柄



何ごとも始まるでなく終わるにも一寸(いっすん)足りぬ冬の一日



痛みには名前がほしい角砂糖溶けゆくまでの曖昧に耐え



目を閉ずる明き陽の中たれしもがわが身に迷う冬の踊り場               明き:あかき



寒雷がずっと鳴っている鳩尾のあたりに触れるきみの手のひら



         *



包むという生殺与奪おおいなる咎でありしか説かれる愛は